はじめに
今回はメンタルレキシコンについてわかりやすく解説していきます。メンタルレキシコンとは、どのような意味や性質を持ち、学ぶ意義は何なのかを考えていきます。心理学との関係や英語学習及び語彙学習への効果についても考えていきます。メンタルレキシコンを正しく理解して、正しい効率的な語彙学習をぜひ取り入れてみてください。
↓↓第二言語習得研究に基づく英語学習動画をアップしていきます。
参考文献
「外国語を話せるようになるしくみ」
「音読で外国語が話せるようになる科学」
「レキシコンの構築」
「英語のメンタルレキシコン」
メンタルレキシコンとは?
メンタルレキシコンの意味
言語の活動は基本的に脳の活動だと言われています。 心理言語学でいうレキシコン(lexicon)とは , 脳内の単語や形態素の記憶の集合です。脳内にあると仮定されているので メンタルレキシコン (mental lexicon) と呼ばれています。私たちが母国語あるいは外国語を話すときに必要な頭の中にある辞書と考えても大丈夫です。
引用:The nature of the mental lexicon: How to bridge neurobiology and psycholinguistic theory by computational modelling?
心理言語学の分野では単語の認知や産出のメカニズムを説明するために後述する様々なモデルを構築してきました。そのため、語彙処理が 実際に「 機 能 」するための「 構 造 」を持っていなくてはなりません。
メンタルレキシコンの性質
メンタルレキシコンは単なる単語の集合体ではなく、様々なレベルで相互にリンクされていると考えられています。新しい単語を学習するにつれて個人の心の語彙は変化し、成長し、常に発展していますが、これがどのようにして起こるのかを正確に説明しようとしているいくつかの競合する理論があります。後ほど詳しく説明していきます。
引用:Psycholinguistics/The Mental Lexicon
メンタルレキシコンを学ぶ意義
私たちの頭の中に、それぞれの単語はどのような音韻をとり、どのような概念(意味)に対応しているかを記した辞書をもっています。だからこそ、私たちは耳にした発話の流れがどのような意味かを理解したり、話したいことに応じて単語を選んだりすることができます。
引用:第二言語の英単語親密度データは母語の英単語行動指標といかなる関係があるか
さらに、下図のようにメンタルレキシコンから単語の情報検索を行い、その結果に基づいて言語化装置が動き出します。情報検索は単なる語彙情報だけではなく、語彙を正しく使うための語法情報も検索されます。メンタルレキシコンの存在を正しく理解しないで、闇雲に英単語を学習してしまうと、スムーズにアウトプットをすることができません。そのためメンタルレキシコンの機能や役割を知ることが大切です。
引用:音読で外国語が話せるようになる科学
↓↓英語スピーキングの理論はこちらで解説しています。
メンタルレキシコン内の語彙知識モデル
階層的ネットワークモデル
メンタルレキシコン内の語彙項目は、単純にアルファベット順に羅列されているのではなく、意味的ネットワーク(semantic networks)によって互いに結びつけられ、相互関係に基づいて意味概念が規定されていると考えられています。このネットワークは、さらに階層構造(hierarchical structure)を形成して、包含関係をなしています。
引用:An illustration of Collins and Quillian (1969) hierarchical network model.
実は幼児の言語獲得は下層(基礎水準)から積み上げられていくことが明らかになっています。語の水準レベルの差が大きいほど、語彙の関連性を理解する把握速度も遅くなると仮定されています。但し、このモデルでは階層の水準が必ずしも、判断の容易性やスピードを反映していないという批判を受けて、次のモデルが考えられました。
活性化拡散モデル
メンタルレキシコン内に意味的関連性をもとに、柔軟でダイナミックな語彙ネットワーク構造が形成されているという考え方が活性化拡散モデル(spreading activation model)です。語彙と語彙の間ににはノード(node)によって結びつけられ、意味的関連性に基づいて柔軟に組み立てられていると考えます。
引用:The spreading activation model
一番濃度が濃い中心にある「dog」の影響度は、周辺に広がっていくほど影響度が薄くなっていきます。これまでの研究では、意味的関連性がある場合は関連性がない場合に比べて、その後に示した語に対する語彙性判断(lexical decision)がより速くなるプライミング効果(後述する)が見られるとしています。
母国語のメンタルレキシコン
子供の語彙の増加
個人さもありますが、幼児は1歳半を過ぎた頃から語彙数を急増させていきます。語彙急増が起こる理由は諸説ありますが、語は特定の自分を指しているのではなく、カテゴリーを指していると理解できるようになる、あるいは音韻体系の性質の変化が寄与しているのではないかとも言われています。
引用:Variability and Consistency in Early Language Learning The Wordbank Project
上記の語彙爆発を支えているのが象徴機能の発達です。例えば、「バス」という語は、basuという音声と、それが意味する「バス」のイメージ(表象)と結びついています。言語の意味作用は語の音声のもつ聴覚表象(能記:いみみするもの≒能力を記す)と、それによって指示される対象(所記:意味されるもの)の表象関係からなると考えられています。この関係性を理解できる能力が、言語獲得には必要とされています。
引用:よくわかる言語発達 p40を参考に作成
即時マッピング
幼児は示された語を驚くべきスピードでは覚えてしまいます。これは幼児の記憶力が優れているわけではなく、認知が制限されているがゆえに起こります。子供はその語が示すただ一つの事例を示されただけで、その語が指示するカテゴリー全体推論してしまいます。大人が「この単語はどのカテゴリーに属するのか?どのように使うのか?」と思考するステップがないため、子供は驚くべきスピードで単語を覚えていきます。下記の研究では、子どもが大人と比較してより多くの単語をretention(忘れない)できる結果がでました。
引用:Fast mapping across time: memory processes support children’s retention of learned words
但し、即時マッピングにも弱点があります。動詞や形容詞は一緒に使われる名詞によって、使い方が変わってしまうため即時マッピングは難しいと言われています。状況ごとに変わる変数が存在すると、ある原則をまた別の原則に当てはめる作業が必要となるため、幼児はつまづいてしまいます。
第二言語学習への示唆
子供が母語のレキシコンをいかに構築するかについてのモデルは第二言語の学習のヒントにもなります。一般に、母語における語彙獲得は経験に直接接地(grounding)されていると言われています。対応する概念が切り出しやすいかたちで世界に存在している場合は下記のようにラベル(labeling)を貼り付けていけば良く、母語用に作り上げた概念を第二言語に当てはめる学習は悪くないと言えます。
引用:Classroom Labels - Labelling Worksheet
但し、前述したよように動詞や形容詞のように対応する概念が目に見えない場合は少しやっかいです。経験や上位の概念が必要となりますし、それぞれの言語によって基準が異なります。第二言語の動詞を覚える際は、同時に関係概念(位置や区分が必要)もセットで必要となります。この場合は、対象言語の意味領域における分類基準が母国語とどう異なるのかトップダウン的に学習する方が効率的だとも言えます。
バイリンガルの語彙発達
バイリンガルの言語的特徴
バイリンガルはモノリンガルよりも認知的柔軟性が高いという研究が数多く報告されています。モノリンガルは基本的に1つの単語に対して1つのラベルしか許容できませんが、バイリンガルは常に異言語間同義語を獲得する必要があるので、認知柔軟性を高く保つことができているようです。
↓↓バイリンガルについてはこちらで解説
Bialystok,1999の実験では、子ども達に一つ目のルール (例えば同じ形のものを分類する) でカードを分類するように指導し、その後新しいルール (例えば、同じ色のものを分類する) で分類するよう教示した歳に、バイリンガルの子どもがモノリンガルよりも柔軟にルールを切り替えることができるという結果が出ています。
バイリンガルレキシコン
バイリンガルの認知はモノリンガルに比べやや複雑な構造になっていると言われています。バイリンガルの情報認知のシステムにおいて、最初に提案されたのが階層モデルになります。(Kroll& Stewart,1994)
階層モデルの最大の特徴は全ての概念(意味要素)をL1とL2で共有していることです。モノリンガルは当然ですが単一の言語形式と概念が強く連結され、よりシンプルな構造になっています。バイリンガルとモノリンガルの概念連結の違いは、言語学者の立場からは興味深い分野とされ、現在でも数多くの研究が実施されています。
メンタルレキシコンと心理学
二重符号化モデル
二重符号化モデル(dual-coding model)とは図表やイメージを使うことは意味理解を助けるだけではなく、記憶するのにも効果的だとする理論です。具体的なモノや絵などのように、視覚化できるものは脳の中で言語と心象(イメージ)で二重に表象されるため、より想起されやすくなり、記憶再生が向上すると言われています。
↓↓イメージスキーマについて解説しています。
イメージ・スキーマも表象の一種で、身近な身体経験の中で、一定のパターンを認識し、心の中に貯えたものです。例えば英語の「in」というイメージ・スキーマは、多くの人がボックスの中に何かがあるという図をイメージすることができ、表象という概念は幅広く英語学習に活かすことができます。
プライミング効果
プライミング(priming)とは認知心理学において、これまで熱心に研究されてきた分野で、先に示された単語や文が後に続くものに何らかの影響を与える効果を指します。例えば、hospitalという単語の認知スピードを測るときに、直前にteacherという単語よりもnurseを先に見せた方が、認知の速度が速くなるという効果です。このプライミングは語彙だけではなく、統語にも影響を及ぼすという研究結果が出ています。
↓↓こちらの動画で解説されています。
統語プライミングに基づくスピーキングは、事前に読んだり、聞いたりして文の処理をした文法構造(構文)をそのまま活用して文発話をしようとする方法です。実は、日常的に英語母語話者が活用しているスピーキングと言われています。
メンタルレキシコンを活かした語彙学習
コロケーションとコーパス
互いに共起する語の連鎖をコロケーション(collocation)と呼びます。例えば、ある名詞には別の形容詞が頻繁に共起するケースなどがよくあります。このコロケーションという考え方は、学習用の辞書記述にも実は取り入れています。
↓↓コーパスについて解説しています
コロケーションの膨大な言語資料を電子データ化したものがコーパス(corpus)です。様々な電子コーパスが言語分析のために日々作成されています。電子コーパスを利用することで、頻出の表現やフレーズだけを抽出して学習することができます。
チャンキング
チャンキング(chunking)とは、複数の語を一つの塊(chunk)にまとめることです。人間の言語及び非言語情報処理は、符号化(coding)、貯蔵(storage)、検索(retrieval)の3段階から構成されていると考えられ、チャンキング(chunking)は符号化に寄与すると言われています。
↓↓チャンキングを応用したパターンプラクティスを解説
チャンキングの大きな利点は、処理の効率性(processsing efficiency)にあり、言語処理過程において、一つ一つの語に注意を向けるのではなく、一つの単位(unit)と処理されることで、それを認識したり産出する時間のスピードが早くなると言われています。
連結項目の役割
連結項目(multi-word item)は上記のコロケーションが固定化したケースと考えられ、2語以上の語からなり意味的あるいは統語的に特定の意味を有する連続体と説明されています。以下が連結項目の具体例となります。連結項目を引き出すことで、適切な語句の選択や統語的に正しい文生成をする必要がなく、言語処理の認知負荷が軽くなると考えられています。
連結項目(multi-word item)の具体例
- 複合語(compounds)
- 句動詞(phrasal verbs)
- イディオム(idioms)
- 固定フレーズ(fixed phrases)
- プレハブ(prefabs)
言語学者のJohn Sinclair氏は、長年のコーパス研究から文生成には自由選択原理(open-choice principle)と非選択原理(idiom principle)の2つの原理が働いていると指摘しました。チョムスキー的言語観では、文生成は規則体系システムに基づき創造的に行われるとされていますが、それだけではカバーできない領域については、固定的に使えるフレーズを記憶して、使用されると指摘しています。
メンタルレキシコンの観点からすると2種類の原理を柔軟に使いこなすためにはメンタルレキシコンがアルファベット順に並んでいるだけでは不十分です。言語の規則体系やコロケーションを意識した心の辞書を準備しておく必要があります。
レキシカルアプローチ
語彙を最大限に活かした、まさに語彙を中心とした教授法を採用するという立場がレキシカルアプローチです。この教授法の背後にあるのが、学習者を意味ある言語環境に置くこと(meaning exposure)がまず大切で、コーパスに基づく自然言語に近い環境を作り出すことで、学習者は自然に生得的に備わった言語学習装置(language acquisiotion device)が刺激されるとも言われています。
レキシカルアプローチのエッセンス
- 文法と語彙の二分化には根拠がない。言語は主に語彙チャンクから成る。
- 言語教育で重要なことは学習者の語彙チャンクに対する意識を喚起し、うまく言語をチャンクできる能力を養うことである。
- シラバスや指導順序にはコーパス言語学および談話分析による見地をを取り入れる。
- 書くことをより話すことを第一とする。書き言葉話し言葉の文法とは大きく異なり二次的符号とみなす。
- 社会言語学的能力(伝達能力)は文法能力に先行し、その基礎となるが、その産物とはならない。
- 類似点や相違点を理解できる受容能力としての文法が優先される
- タスクやプロセスが練習や産出より重視される
- 受容能力、特にリスニングを重視する
引用:英語のメンタルレキシコン p260
レキシカルアプローチには議論の余地があり、言語は語彙化された文法ではなく、文法化された語彙から成ると考えます。オーディオリンガルメソッドの提示-練習-産出(present-practive-produce)をやや批判している立場となっており、学習者の目的やレベルに応じてそれぞれのメソッドの使い分けが求められます。
参考
CORE | 第二言語の英単語親密度データは母語の英単語行動指標といかなる関係があるか
名古屋大学 | チュートリアル メンタルレキシコンと語彙処理 : レフェルトのWEAVER++モデル
Frontiers | Fast mapping across time: memory processes support children’s retention of learned words
Wikiversity | Psycholinguistics/The Mental Lexicon
wordbank.stanford | Variability and Consistency in Early Language Learning