はじめに
今回は認知言語学のスキーマを活かした効果的な英語学習方法を丁寧に解説していきます。まずは、認知言語学とはどのような学問なのか考え、生成文法との違いや、誕生の背景もさかのぼります。認知言語学と英語学習は相性が良いと言われていますが、実際はどうやって認知言語学の知識を活かして英語学習をすれば良いのでしょうか。その鍵となるのがスキーマです。スキーマを使った効果的な英語学習方法をはじめから丁寧に解説していきます。
↓↓こちらも参考にどうぞ
主な参考文献
「はじめての認知言語学」
「学びのエクササイズ 認知言語学」
「イメージで捉える感覚英文法」
認知言語学とは
文法とは?
文法の歴史は古代ギリシアまで遡ることができますが、言語学者のソシュールによってその基礎が築かれました。意味を対象とする分野は「意味論」、単語の形を取り扱うのは「形態論」など独立した分野も誕生しました。現代言語学においては、一般的には文法とは文中の「言葉の並び方」、あるいは「文の構造」を研究する分野と認識されているようです。
世界の言語を「言葉の並び方」(語順)で分類する研究も盛んに行われています。言語学者のdryer氏は2013年に世界の1,337の言語を分類しました。結果は、「SOV」と「SVO」の語順が全体の7割以上を占める結果となりました。比率が多い文型から並べてみると、主語→動詞→目的語の順番に優先度が高くなっています。
言語の語順
- SOV:日本語、韓国語、モンゴル語、ラテン語の一部など(41%)
- SVO:英語、中国語、ブルガリア語など(35.4%)
- VSO:古代アラビア語、ヘブライ語(6.9%)
- VOS:フィジー語、マダガスカル語(1.8%)
- OVS:ヒシュカリヤナ語(0.8%)
- OSV:シャバンテ族が話す言語、Warao族が話す言語(0.3%)
- ※:未分類が13.7%
引用:dryer氏(2013)のレポートを参考に筆者が作成
引用:University at Buffalo:Matthew S. Dryer
語順一つとっても多様性がある中で、文法という物差しがないと私達は言語を観察することや分析をすることができません。
生成文法の発展
ソシュールによって基礎が築かれた文法ですが、言語学者は個別かつ例外だらけの言語をどうにか帰納的に説明しようと四苦八苦していました。その流れを断ち切ったのが、チョムスキーの「私達の言語機能は普遍文法(=言語の共通ルール)によって説明できる」という主張です。彼は文法的現象を演繹的に記述し、私達の言語を説明しようとしました。そこで誕生したのが生成文法という理論です。
生成文法とは、様々な仮説群とレキシコン(辞書)を演算して生成された文全体と、言語における文法全体が完全に一致するという理論です。生成文法は主観が入らずに誰がやっても同じ理論・結論になります。私達が使用している個別かつ例外だらけの言語それぞれが、一つのきちんと生成できるルールに基づいていると主張しました。
しかし、生成文法は言語活動と認知が独立しているため、私達の個別の経験や体験を言語表現に反映できないという欠点があります。言語活動を知覚と分けたことで言葉を整理した一方で、私達一人ひとりの世界の捉え方が置き去りにされてしまいました。
認知言語学の登場
生成文法は経験主義者の人たちから批判をされてしまいます。経験主義者は、人間は白紙状態で生まれると主張します。人間に生まれつき豊かな言語能力が備わっていると考える立場をとるチョムスキーらとは対立しています。特に、生成文法は言葉の意味を軽視していると批判を受けます。
引用:構文ネットワークと文法 第2章 認知言語学と構文文法 p37(図2.4)
認知言語学では、意味と形式が大前提としてつながっていいます。一人一人の外部世界の捉え方が個別の言語表現に影響を与えます。つまり、捉え方の数だけ言語表現が生まれてきます。白紙状態で生まれた人間は、外部世界を無限に色付けすることができると考えます。
認知言語学における認知過程
概念操作
認知言語学では、その名の通り認知(ものを見たり聞いたり感じたりする感覚の働きと、それをもとにして記憶・学習・判断する精神の働き)のはたらきと言語が密接に関係しています。五感は対象のかたちをとらえ、音を聞いたり、匂いや味を感じる大切な能力で、それらの刺激を通して私達は精神活動(学習・記憶・推論・判断)を営みます。
五感のはたらきが対象を認知するための基盤にあるという考え方は、経験基盤主義に基づいています。言い換えれば、対象があっても人間がいなければ経験は生じません。経験とは人間と対象が合作する精神活動の産物で(相互作用)、私達が事物を認知をし、経験ををすることによってのみ、外の世界が広がっていくと考えます。認知言語学における外の世界が広がるとは、概念操作によって内面世界と外界世界の環境を理解する行為そのものです。
泳ぐの概念操作
- 水の性質(浮力・抵抗力など)と身体機能(手足の動き・呼吸など)の相互作用
- 人間と対象が合作して概念化(水に浮かんだ状態で身体を使って前に進む)
- 「泳ぐ」(swim)という記号化
- 所与の環境を意味づけ(sense-making)
例えば、「泳ぐ」という概念操作はどうでしょうか。まず実際に水の中で泳ぐという経験(水の性質に対して身体機能が働く)を通して、泳ぐという行為は「水に浮かんだ状態で身体を使って前に進む」という概念化をします。「泳ぐ」という記号化を通して、「子供が泳いでいる」という外部環境を理解することができるようになります。
引用:はじめての認知言語学 第1章認知 p15(図1) を参考に作成
毎日無意識に食べている「リンゴ」でさへも、初めて食べた時には五感を総動員して、丸くて赤い物体を必死に概念化したはずです。「リンゴ」という記号を獲得すれば、自由にリンゴを意味づけすることができるようになります。このように、認知言語学では一つ一つの単語の獲得に五感を関連付ける醍醐味があります。
カテゴリー化
認知言語学においてもう一つ重要な概念がカテゴリー化です。認知言語学におけるカテゴリー化は様々な概念をグループにまとめる心的過程(mental process)を指します。心的過程とは心の中で起こっているプロセスで、まとめられるものは外の世界でも近くにあったり(隣接性)、続いて起こったりする(連続性)性質があります。
隣接性とは、例えば家の中に椅子、机、タンスなど近くに置いてあるものは家具によってまとめられます。連続性においては、感情や出来事の推移が一つの言葉でまとめられる現象があります。「怒り」は立腹→憤激のように時間の推移が関わっています。
一般的には、私達はまず「椅子」や「机」などの基本レベルの単語を覚えていきます。その後で、下位レベルの単語や上位レベルの単語を整理していきます。
プロトタイプ
プロトタイプ(prototype)とはカテゴリーの中の代表的な事例を表します。プロトタイプを思い浮かべることは重要な認知過程の一つです。一般的には、あるカテゴリーの中の代表例をプロトタイプと呼び、それ以外の事例と区別します。プロトタイプは一つだけではなく、複数存在します。年代や地域によってもプロトタイプは異なるようです。日本では鳥のプロトタイプはスズメやハトかもしれませんが、アメリカではRobin(コマドリ)がプロトタイプとして認識されています。
引用:Researchgate:Words In The Mind(Birdiness rankings,Aitchison 2004,54)
プロトタイプは被験者に「鳥の代表例は?」等と質問をして、即座に想起される事例や順番をもとに算出されます。帰属度(くちばし、産卵の有無、飛行能力などの属性)が高い事例は中心に配置され、プロトタイプ以外は周辺事例(peripheral example)となります。
スキーマ
スキーマとはカテゴリーの全成員に共通して想定される抽象的な理想像のことです。スキーマはカテゴリーの全成員に対応できるような抽象的な型とも言えます。前述したプロトタイプは、スキーマをもっともよく事例化した好例でもあります。
私達は日常の心的経験を繰り返し、スキーマを作り上げていきます。例えば、ものを数える「本」のスキーマ・モデルを考えてみましょう。まずは「一本の鉛筆が欲しいな」や「3本のろうそくを立てる」などの表現を何度も繰り返します。様々な場面で使用されることで脱文脈化が進み、「本」が抽象世界に入り込んでいきます。最終的に「本」は「細くて長いもの」に使うという帰納的知識が身に付いてきます。
ここからは、日常の主体的な心的経験の繰り返しであるスキーマ・モデルをどう英語学習に活かすのか考えていきます。安易に認知英文法を表面的に学習することや、感覚で英語と向き合うのはおすすめできません。
スキーマを活かした英語学習
英語の新しい意味づけ
実際に英語スキーマをどうやって作るのか考えていきます。これから説明する理論は認知言語学者のラネカー(langacker)が提唱した用法基盤モデル(Usage-Based Model)が基本にあります。文法というのは、私達一人一人の言語生活で聞いたり、読んだりした言語表現の集大成であり、具体的な言語表現から抽出されたスキーマがボトムアップ的に立ち上がってくるという立場をとります。
そのために、まずは英単語をボトムアップ的に新しく積み上げる必要があります。これまでの言語生活で積み上げてきた「リンゴ」と「Apple」が概念的に違いがあれば、修正する必要があります。「リンゴ」と「Apple」に大差はないかも知れませんが、「登る」と「climb」はどうでしょうか。
「climb」を使えない例
- I took a lift and climbed the mountain.(リフトで山を登った)
- I climbed the mountain by cable car.(ケーブルカーで山を登った)
実は「climb」は自力で登らない場合は使えません。自力で登らない場合は「go up」などを使うようです。(参考:教育心理学研究, 2014,62,1-12英語語彙の意味範囲に関する不十分な理解とその修正)このようにある英単語を使用して言語表現をする場合には、しっかりと意味範囲を確認して、新しい意味付けをすることが大切です。
英語スキーマを作る
例えば、「run」という単語を勉強するとしましょう。日本語でもランニングという単語を使うと思うので、「走る」という意味を想像できるでしょう。では、実際に「run」という単語を調べてみます。
「run」のその他の意味
- ~を経営する, 運営する, 管理する:She ran her own restaurant for five years.
- (車などが)走行する, 運行する:The buses only run until 11 p.m.
- (液体が)流れる:Tears ran down her face.
- (機械などが)動く, 作動する:The engine is running more smoothly now.
次は自分の感情や経験が入る場面を想像して、「run」を使って英作文をしていきます。英作文ではなくても英会話でも大丈夫です。ポイントは、例文の構文を参考にして易しい英文を作ることです。自分の身の回りの出来事や体験を絡めて、単語との心理的な距離を縮めていきます。
自分の身近な事柄や体験を使った「run」の英作文
- 姉は中華店を経営していたな。。:My sister runs her own Chinese restaurant.
- 毎日乗っているの山手線かな。。:Yamanote line runs until around midnight.
いくつか例文を見たり、使ったりしている間に「run」の共通するイメージ(スキーマ)をボトムアップ的に作り上げられてきます。「run」のスキーマは、「何かがある方向に休みなく働く、機能する」という知識を得ることができます。
こちらでもスキーマを使った学習方法について考えています↓↓
英語スキーマから意味を拡張
単語を例文を参考に使用してスキーマを作り上げたら、次は多義性やメタファーを観察するステップにいきます。単語には「スキーマ」という抽象的な理想像はありますが、一つの意味しかもっていないわけではありません。例えば、英語の「get」や「make」には20以上の意味があります。人間の言語の特徴として、できるだけ少ない語彙で効率よく伝えようするメカニズムもあるようで、日常的に使う頻度が高い単語には多義的な意味があるようです。
多義性はでたらめに広がっているのではなく、プロトタイプ的意味から拡張するという原則があり、そこには後述する心的走査(mental scanning)やメタファー(metaphor)が関わっています。意味拡張には必ず動機が存在しています。私達の「関連付け」という似通ったところを探す心理が横たわっています。意味拡張は自分で言葉を増やすためだけにあるのではなく、分かりやすく伝えるために有効なテクニックにもなります。
心的走査(mental scanning)
心的走査とは、対象を心の中で辿る操作のことです。視線が動く経路をとらえる操作とも言えます。下記の文は図のような丘を描写している文章ですが、一つは丘を「上がっている」(rise)と表現していますが、もう一つは「下がっている」(fall)と表現しています。この違いはどこからくるでしょうか。
引用:学びのエクササイズ 認知言語学 p14,図3を参考に作成
心的走査の例
- The hill rises gently from the bank of the river.
- The hill falls gently to the bank of the river.
引用:Langacker,1987
実は、これが心的走査で私達が丘の形状を心の中で辿る動きが「rise」や「fall」に現れているのです。表現者が課した心的走査によって、静態的な状況があたかも動きのある場面であるかのように描写されています。
メタファー(metaphor)
メタファーとは、ある事柄を、それとよく似た別の事柄を用いて表現することです。前述した、カテゴリー化は概念動詞の境界線を作って、それぞれのふさわしい位置づけを与えることでしたが、メタファーはカテゴリー動詞を比較して、一方をよりよく理解しようする心の働きです。
メタファーでは「XはY」と言った時に、Xにあたる概念を目標領域(target domain)と呼び、Yにあたる領域を(source domain)と呼びます。例えば、「人生は芝居」というメタファーでは、人生と言うつかみどころのない概念(目標領域)を、身近で理解しやすい芝居という概念(起点領域)でたとえることによって理解しやすくなっています。
メタファーの種類
- 構造のメタファー:人生が芝居(主役、脇役)によって構造化
- 存在のメタファー:目標領域をもの化する、「脳が故障」など
- 方向付けのメタファー:「上下」が気分を表現(feeling up/down)
メタファーを使うことによって、外界の世界にある目標領域をわかりやすく理解することができます。また、メタファーを駆使することによって捉えどころのない概念などを相手にわかりやすく説明することができます。特に、方向付けのメタファーは英語でも大いに活用でき、簡単かつ効果的に気分を表現できるテクニックです。
イメージ・スキーマによる文法学習
最後はイメージ・スキーマを使った文法学習を紹介していきます。イメージ・スキーマとは、身近な身体経験(自分自身を中心とした空間的位置の経験や、モノをつかんで位置を移動させるなどの身を持って経験できること)の中で、一定のパターンを認識し、心の中に貯えたものです。
代表的なイメージ・スキーマ
- SourceからPathを通ってGoalに向かう
- AとBがlinkしている
- あるモノがContainerの中に入っている
参考:Image Schemas: The Physics of Cultural Knowledge?
イメージ・スキーマは国籍や文化によって使用される頻度は異なりますが、言語を跨いだ共通の概念となっています。例えば「in」というイメージ・スキーマは、多くの人がボックスの中に何かがあるという図をイメージすることができます。私達は身近な身体経験を通して、対象となるモノの性質やサイズを乗り越えて、それらに共通する位置関係を概略のみを抽出しています。
「in」のイメージ・スキーマ、特に容器のイメージ・スキーマと呼ばれ、汎用性が高いスキーマとなっています。イメージ・スキーマの最大のメリットは、自分でスキーマをボトムアップ的に作り上げる必要がなく、すでに頭の中にあるイメージを活かせるということです。スキーマを時間や空間に拡張することで、難しい文法や時制をすんなりと理解することができます。
時間の用法を表す「in」をイメージ・スキーマを使う例を考えて見ましょう。「the hottest in five years.」の5年間という容器の中に、「一番暑い日」があるという空間的イメージと捉えることができます。「In watching the TV, I received a phone call from John.」では、テレビを見ている時間という容器の中に、「電話に出る」という空間があると理解することができます。
時間の用法を表す「in」
- the hottest day in five years.(5年間で一番暑い日)
- In watching the TV, I received a phone call from John.(テレビを見ていた時に、ジョンから電話があった)
引用:学びのエクササイズ 認知言語学 p47
Image Schema-Based Instruction(イメージ・スキーマ指導法)はJALT2015の研究によれば、400人以上の日本学生を対象に実践されたうち67%の学生にポジティブな結果があったと報告されています。その他海外の研究でもESLの学生に対して、Image Schema-Based Instructionは有効な英語学習方法だと報告されています。
参考
University at Buffalo:Matthew S. Dryer
Researchgate:Words In The Mind
UKessays:PROTOTYPE THEORY and DEFINITIONS:
THE ROLE OF BASIC FACTORS, LEARNT KNOWLEDGE and CULTURE
教育心理学研究:英語語彙の意味範囲に関する不十分な理解とその修正
JALT2015 • FOCUS ON THE LEARNER:Image Schema-Based Instruction in English Grammar
Culturecog:Image Schemas: The Physics of Cultural Knowledge?