はじめに
今回はセミリンガルの特徴や原因について考えていきます。セミリンガルとは、ネガティブな用語として認知されていますが、克服の鍵はあるのでしょうか。セミルンガルを防ぐには、認知・学習言語学習能力をしっかり育てることが大切です。セミリンガルの特徴や原因を丁寧に解説していきます。
参考文献
セミリンガルとバイリンガル論争
セミリンガルとは
セミリンガル は英語で「semilingual」で、言葉(lingual)に接頭辞である半分(semi)がくっついて下記のような意味になっています。
A person who knows two or more languages but exhibits low profile in all of them, that involves having poor vocabulary and wrong grammar.
引用:Weblio
セミリンガル (semilingual)を直訳すると、「言語をいくつか知っているが、語彙不足や文法を誤って使用する人」となり、ネガティブな意味が込められています。セミリンガルは、ダブル・リミテッドと呼ばれることもあるようです。差別的な言葉だとして、使うべきではないとも言われています。
「Semilingualism」という学術的な言葉として誕生したのは1960年代です。当時、スウェーデンではフィンランド移民の子供たちが第二言語の習得に苦労していました。彼らは第二言語だけではなく、母国語も十分に使いこなすことができませんでした。彼らの状況を説明しようと「Semilingualism」(Hansegard,1968)という用語が生まれました。第一言語と第二言語が「half-knowledge」(半分の知識)しか持ち合わせない子供たちを説明しましたが、この概念を後に説明するカミンズが批判します。
日本では、早期外国語教育の負の側面としてセミリンガルという言葉が出てきました。早くから母国語を疎かにして、英語等の外国語語教育偏重だとセミリンガルになってしまうという批判や懸念の声です。
セミリンガルとは2つの言語を話すことはできますが、抽象的な内容を思考したり伝達したりできない状態のことを指します。言語を話す程度によってバイリンガルなのかあるいはセミリンガルに分けられるようです。何か基準のような物差しはあるのでしょうか。バイリンガルの歴史を振り返ります。
バイリンガル論争
1970年ごろ、世界ではバイリンガル論争が盛り上がっていました。今でこそ、バイリンガル教育にはポジティブな側面があることが実証されていますが、当時はネガティブな印象が多いようでした。2つ以上の言葉で子供に教育を施すと、言葉の齟齬が起きるのではないか。あるいは、思考力の低下につながるのではないかと盛んに議論がなされていたようです。
特に米国は多様な移民をかかえる多民族国家で、言語マイノリティとどう向き合っていくのか悩まされてきました。特に、ヒスパニック系移民の教育法については様々な議論がかわされてきたようです。 マイノリティの母国語の重要性を説明しようとしたのがカミンズです。
カミンズ理論
ジム・カミンズ(Jim Cummins)は、現在トロント大学教育研究所の教授で、主に第二言語として英語を学ぶ学習者の言語形成などを研究しています。1970〜80年代にかけて数多くの論文を世に送り出し、米国を中心としたバイリンガル教育の普及を支えてきました。第二言語学習における母国語の重要性を説き、セミリンガルへ疑問を投じていきます。彼の3つの理論を一つ一つ解説していきます。
敷居理論
まず、カミンズ氏は、子どもの言語発達が不十分な段階でバイリンガル教育を強要すると認知的な発達にマイナスの影響を与えると主張しました。(限定的バイリンガル)一方で、言語発達が十分発達した段階でバイリンガル教育をスタートさせると2つの言語を同じように流暢に使用できると主張しました。(均衡バイリンガル)
これらの主張をまとめたのが、敷居理論(Thresholds Theory)という考え方です。これは、三階建ての家に第一、第二の敷居を想定することによりバイリンガリズム(個人における二言語使用)と認知発達の関係を説明する理論です。
引用:bell-foundation Research from the 1970s Onwards: Jim Cummins
敷居理論(Thresholds Theory)のポイント
敷居理論のポイントは、カミンズ氏が言語を流暢に話せることだけに注目せず、認知能力も重要視した点です。一括りにバイリンガルと定義するのではなく、言語発達や認知能力を加味して整理するべきだと主張しました。
二言語共有説
二つ目の理論は、「二言語共有説」です。カミンズ氏は第一言語と第二言語の間には共有できるCommon Underlying proficiency(CUP)があると主張しました。つまり、第一言語能力(母国語)と第二言語は独立しているのではなく、相互に依存しているということです。
引用:Teaching for Cross-Language Transfer in Dual Language Education:
Possibilities and Pitfalls (Jim Cummins,2005)
引用:bell-foundation Research from the 1970s Onwards: Jim Cummins
彼は、Common Underlying proficiency(CUP)が見えにくい理由を氷山を使って説明しました。表面だけを見ると、二つの言語は独立しているように見えますが、実は共有している土台があると。但し、注意が必要です。全ての言語能力が共有している訳ではありません。それを理解するためには、次に紹介するBICS(対人伝達言語能力)とCALP(認知・学習言語能力)を整理する必要があります。
二つの言語能力
カミンズ氏は、「二言語共有説」を立証するために言語能力をBasic Interpersonal Communicative Skills(対人伝達言語能力)とCognitive Academic Language Proficiency(認知・学習言語能力)に整理しました。
Basic Interpersonal Communicative Skills(BICS)は、日常の場面に密着した(context-embedded)言語使用が特徴で、日常会話能力と言って良いでしょう。一方、Cognitive Academic Language Proficiency(CALP)は、学問的な思考をするときに必要な言語能力のことです。抽象的な事柄などを考える(context-reduced)言語使用が特徴で、認知的な負荷が高くなるようです。
BICS | CALP | |
---|---|---|
特徴 | 具体的・インフォーマル | 抽象的・フォーマル |
語彙数 | 3,000語以下 | 100,000語以上 |
文章の特徴 | 短くてシンプル | 長くて複雑 |
コミュニケーションの形式 | 文脈重視 | 非文脈下 |
能力形成までの時間 | 1〜3年 | 5〜10年以上 |
引用:2livnlearn:Are You Judging Your English Learners on Their BICS Instead of Looking for CALP? を参考に筆者が作成
この二つの言語能力(BICSとCALP)は第一言語と第二言語両方に当てはまります。 言語形成の土台にあたるのが、CALPで能力形成まで長い時間がかかります。このCALPこそが、バイリンガルとセミリンガルを分ける大きな鍵にになります。
引用:bestofbilash|BICS/CALP:Basic Interpersonal Communicative Skills vs. Cognitive Academic Language Proficiency
バイリンガル教育政策への功績
カミンズ氏は移民の子供に向けて母語の重要性を理論的に説き、バイリンガリズム教育・政策をかげで支えました。「母語教育によって第二言語の習得が遅れてしまうのでは?」などという心配の声を解消することができました。つまり、母語教育をすることで第二言語の獲得にも好影響を与えることを証明しました。
また、日常会話だけでは不十分だと理論的に説明したのも大きな功績です。移民のこどもは、2〜3年ぐらいで日常会話はできるようになる事例が多かったようですが、必ずしも学校の成績に比例されないことが問題となっていました。BICSとCALPを説明することで、日常会話だけではなく、抽象的な事柄も扱えるような言語能力を身に着けさせる必要性があるのだと広く認知されました。
セミリンガルを克服するには
母国語の確立
第二外国語が母語に与える影響はカミンズ氏が立証してきました。たとえマイノリティの母語と言えども、疎かにしてしまうと第二外国語に悪影響を与えてしまいます。特に幼少期に年齢に応じた母語教育を受けることが大切になります。特定の時期を逃してしまうと、大人になってから再学習するのが難しくなります。
引用:ベネッセ教育総合研究所| 母語以外の言葉を子どもが学ぶ意義
では、母国語と母文化の形成時期はいつ頃なのでしょうか。話し言葉の形成は一般的に4〜6才ぐらいで、2~3才ぐらいの時期に母国語の文化も形成されるようです。まずは、セミリンガルを防ぐには幼児期に母国語の形成を促す環境を整えることが大切なようです。言い換えれば、軸になる強い言語を取り返しが付かなくなる前に一日も早く作り上げことが大切です。
認知・学習言語能力を育てる
幼児期にしっかり、母国語の形成を促す環境を整えることができれば自由に第二言語を学習するだけで良いのでしょうか?カミンズの敷居理論(Thresholds Theory)によると、均衡バイリンガルの条件に認知能力の向上が挙げられていました。カミンズ氏が指摘する認知能力とは先ほど説明したCALP(認知・学習言語能力)にほかなりません。
カミンズ氏の言語発達モデルを参考にすれば、CALP(認知・学習言語能力)を習得するには、認知要求が低いコミュケーションから高いコミュニケーションへと移行する必要があります。日常会話から急に高度なリーディングやライティングを課してしまうのは脳に負担がかかり過ぎてしまいます。ロールプレイや文法などのドリルを組み合わせることで、少しずつCALPは形成されてきます。こられの活動が不足していたり、過度なリーディング・ライティング学習の詰め込みがされてしまうとCALPを養うことができないでしょう。
引用:言語能力の発達モデル カミンズ(1981)を参考に筆者が作成
小学4年生のスランプ現象
小学3〜4年生ぐらいになると学習内容が複雑化し、子供がお手上げ状態になる現象です。海外の日本語学校でも報告があるようで、もしスランプ現象に陥ったらセミリンガル の状態になっている可能性があります。それを防ぐには「一人一言語の法則」を実践することです。「一人一言語の法則」とは誰がどの言語を話すのか決めることで、例えば父は日本語、母は英語とルールを決めることです。もし「一人一言語の法則」を実践できないのであれば、バイリンガル教育を諦めて一つの言語に統一して教育する決断も必要になります。
引用:EAB|Narrowing the Third-Grade Reading Gap
参考
biz-journal|英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由
2livnlearn|Are You Judging Your English Learners on Their BICS Instead of Looking for CALP?
BBC NEWS|'Mum and dad made me multi-task better'
ealmadeeasy|Practical Case Studies Series #2 – SEN or Semilingual EAL?
Talks at Studi|Jim Cummins on language and identity
Bell-foundation | Research from the 1970s Onwards: Jim Cummins
IDRA|Effective Implementation of Bilingual Programs: Reflections from the Field
私立大学退職金財団|避けるべきは「セミリンガル」。間違いだらけの語学教育
EAB|Narrowing the Third-Grade Reading Gap