はじめに
今回は言語獲得のプロセスについて考えていきたいと思います。言語獲得装置や臨界期についてもわかりやすく丁寧に解説していきます。まずは言語獲得で議論となっている模倣説や生得説を解説し、普遍文法や言語獲得装置など主要な言語獲得理論について説明します。それらを前提に、母語習得や言語獲得プロセスと語彙の発達について概説していきます。最後に英語学習のヒントなる、第二言語習得研究との違いについて見ていきたいと思います。
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主な参考文献
「よくわかる言語発達」
「入門ことばの科学」
「新・子どもたちの言語獲得」
「こどもとことばの出会い 言語獲得入門」
「ことばの発達の謎を解く」
言語獲得
言語獲得とは?
言語獲得(language acquisition)とは人が特定の言語を使用できるようになることを指す用語で、特に、幼児期に行われる第一言語獲得のことを指します。両親の人種や民族に関係なく、一般的に子供はどのような言語でも獲得できると考えられています。
引用:Language Acquisition And Learning Exam
言語獲得は幼児期を対象にしているので一般的に無意識的に言語活動を通して、言語を理解していきます。一方で、成人になってからの言語学習は意識的に言語のルールや文法を学習していきます。
言語獲得期はいつ?
胎児は産まれる前から外部の音や母親の声に反応を示し、生まれて数日後から母親と視線や表情による交流を始めると言われ、それらは原会話と呼ばれています。生後3ヶ月から半年でうなり声や喃語(ばぶばぶ、あうー)をあげるようになります。
年齢 | 特徴 |
---|---|
出生〜 | 泣きはじめる |
2ヶ月〜 | 喃語を発話 |
1歳前後〜 | 一語文の表出 |
2歳前後〜 | 二語文の表出 |
2歳半前後〜 | 多語文の表出 |
4歳〜 | 抽象的思考の発達 |
引用:入門ことばの科学から筆者が作成
1歳頃になると単語を発音できるようになり、1歳半頃には二語文を使用し始めます。それ以降は急速に言語能力は発達し、4歳頃にはアナロジーやメタファーを理解できるように成長していきます。これらの過程は文化によって多少の前後はありますが、共通した文化普遍的な現象だと言われています。
模倣説と生得説
模倣説とはテレビやラジオの音声など、幼児が聞くことのできる言語刺激がある場合、それを模倣することによって言葉を獲得するという説です。また、言葉の発達の遅れについて、知的発達の問題と並んで言語的な環境が一つの要因になると考えられています。たとえば親がとても早口であったり、極端に幼児への言葉がけが少なかったりすると、幼児は模倣を通した言葉の獲得が困難となり、言葉の発達に遅れが生じる可能性があると言われています。
一方で、生得説側は言葉を獲得するという能力は先天的に備わっているものと考えます。言葉自体は親の模倣の役割が大きいとしても、幼児は生得的に周囲の音や音楽よりも、人間の声や言葉に対してより高い感受性を示します。言葉の獲得や言語発達の基礎となる認知発達は多少の個人差はあるものの、ある決まった道筋をたどります。この道筋が規定されていることも、ある程度は環境に左右されない、生得的な側面があることを支持しています。
言語獲得の臨界期
レネバーグは言語の獲得には年齢限界があると提唱しています。乳児期から思春期(11~12歳)までの成熟期間を過ぎると,母語話者並みの言語を獲得できなくなるという年齢限界があるとしています。
レネバーグは脳損傷により失語症になった患者が言語を回復する経過について調べたところ,思春期を超えて失語症になった場合の回復ははとんど期待できず、母語が完全に回復することはないと考えています。
引用:Critical period effects in second language learning
神経学者のジャックリーン・S・ジョンソンとエリッサ・L・ニューポートはアメリカに移住した韓国語や中国語を母語とする子供の、英語学習を始めた年齢と英語の習熟度の相関関係を調査したところ、アメリカに移住した年齢が早いほど英語の習熟度が高いという結果が出ており、これも言語獲得の臨界期を支持する結果となっています。
バイリンガル教育についてはこちら↓↓
言語獲得理論
言語獲得の2つの理論
言語獲得を巡る2つの中心的な論争は、生成文法理論に基づいた理論と認知的アプローチに基づいた用法基盤モデルです。生成文法よりの理論では言葉を獲得するのには遺伝的に規定された仕組み(普遍文法)があるという生得説に近い態度をとりますが、用法基盤モデルでは、言語知識の生得性は認めず、言語獲得もスポーツの能力などと同じように一つのスキルとして考えます。
- 「生成文法理論に基づいたアプローチ」(principles and parameters approach)
- 「用法基盤モデル」(usage-based model)
言語学習を経験している人は、用法基盤モデルを支持するかもしれません。言語は使用をしながら、少しずつ自分のスキルとして獲得していくというのはイメージしやすいかもしれません。但し、不完全な文法知識しかないのに、なぜアウトプットをすることができるのか?時にはインプット以上のアウトプットができてしまうこともあります。
普遍文法
かつての言語学者は個別かつ例外だらけの言語をどうにか帰納的に説明しようと四苦八苦していました。その流れを断ち切ったのが、チョムスキーの「私達の言語機能は普遍文法(=言語の共通ルール)によって説明できる」という主張です。彼は文法的現象を演繹的に記述し、私達の言語を説明しようとしました。そこで誕生したのが生成文法という理論です。
私たちはユニバーサル文法を保有しているが、パラメータの変換によって個別の言語を話せるようになるという考え方です。私達が使用している個別かつ例外だらけの言語それぞれが、一つのきちんと生成できるルールに基づいていると主張しました。しかし、生成文法は言語活動と認知が独立しているため、私達の個別の経験や体験を言語表現に反映できないという欠点もあります。
英文法についてはこちらを参考に↓↓
言語獲得装置
もう少しチョムスキーについて説明していきましょう。実は人間が母語を習得できるのはなぜか、という問いに関する答えとして1950年代まで広く信じられていたのは、さきほど説明をしたImitation Theory(模倣説)でした。幼児は周囲で使われる言語を暗記し、それを徐々に自分のものとしていくという説です。
しかし、模倣説では先ほども言及しましたが、幼児が時に私たちが教えていない言葉や発音を発するのはなぜかという問いに答えられません。これに対し、チョムスキーは、幼児の脳には言語発達に必要な能力が生まれながらに備わっていると主張し、この能力を言語習得装置(Language Acquisition Device)と名づけました。
引用:How Nature Meets Nurture: Universal Grammar and Statistical Learning
言語習得装置(Language Acquisition Device)
- 入力された情報に基づいて、文法を形成する
- 言語を成り立たせる決まりや原則を発見する
- 原則は構文(Syntax)、語義(Semantic)、語用論(Pragmatics)
言語は、そもそも数々のルールによって成り立つ体系(システム)です。ここでいうルールとは文法に限らず、構文や文章の成り立ち(Syntax)、単語に付されたさまざまな意味(Semantic)、どういうときにどのように使うかといった実用的な言語使用(Pragmatics)なども含みます。
上記の膨大な言語に関するルールの数をゼロから幼児に教えることは不可能であり、幼児は生まれながらにして言語にかかわる情報をインプットできる装置が備わっていると考えます。母語習得には文法書を必要としないのはそのためであると主張します。
用法基盤モデルにおける言語獲得のプロセス
母語獲得に必要なスキル
用法基盤モデル(usage-based model)を考案したのは、心理学者のトマセロで、彼は幼児の母語獲得にに必要なのは生得的な普遍文法ではなく、学習メカニズムであり、そこには認知能力が働いていると考えました。それらの認知能力とは意図の読み取り(intention-reading)とパターン発見(pattern-finding)です。
意図の読み取りとは、他人がどう考えて何をしようとするのかを理解する力で、生後9〜12ヶ月頃から発達すると考えられています。意図の読み取りができると、以下の3つのことができるようになります。
- 共同注意フレーム(joint attention frame)
- 伝達意味の理解(understanding communicative intentions)
- 役割を伴う模倣(role universal imitatiion)
例えば、幼児の背後のあるものを大人が見つめると幼児は視線追従の他に、指差しをするようになる(共同注意フレーム)、大人+幼児+モノの3項関係を構築しながら幼児の後ろに何かがあるというメッセージを理解(伝達意味の理解)、大人が背後にあるものを取って「危ないね」と言うのを幼児が模倣(役割を伴う模倣)。
もう一つのパターン発見は、例えば幼児に「ga-ti-ga」や「li-na-li」のようなABAのパターンのある音声を長時間聞かせる。その後、幼児にABAパターンの音声と、パターンが異なるABBの音声を2つ聞かせると、最初の刺激と同じABAパターンの音声連鎖に興味を示すようになります。トマセロはパターン発見の蓄積により、高度な記号操作としての言語が獲得されると主張しています。
母語の発達過程
用法基盤モデルによる母語の発達過程では、生後 18ヶ月頃に軸語スキーマ(pivot schema)を見出すと言われています。例えば、more care, more cereal, more cookieなどのようにmoreの後に続けて物の名前が使われるようになります。軸語スキーマは生産的に使われますが、まだ文法規則として機能しているわけではありません。
引用:Construction Grammar and First Language Acquisition
2歳頃までには、項目依存構文(item-based construcion)を使用します。例えば、put onやtake offな動詞のそれぞれの固有の規則を見つけることができるようなり、これられは動詞の島仮説(verb island hypothesis)と呼ばれています。3歳以降になると、幼児は徐々に規則の一般化を行うようになり、動詞は島ではなく様々な抽象的統語文(abstract syntactic construction)として使われるようになります。
母語が正しく習得されないとセミルンガルになる恐れがあります↓↓
語彙の発達
幼児の年齢と語彙数の関係
個人さもありますが、幼児は1歳半を過ぎた頃から語彙数を急増させていきます。語彙急増が起こる理由は諸説ありますが、語は特定の自分を指しているのではなく、カテゴリーを指していると理解できるようになる、あるいは音韻体系の性質の変化が寄与しているのではないかとも言われています。
引用:Variability and Consistency in Early Language Learning The Wordbank Project
象徴機能の発達
上記の語彙爆発を支えているのが象徴機能の発達です。例えば、「バス」という語は、basuという音声と、それが意味する「バス」のイメージ(表象)と結びついています。言語の意味作用は語の音声のもつ聴覚表象(能記:いみみするもの≒能力を記す)と、それによって指示される対象(所記:意味されるもの)の表象関係からなると考えられています。この関係性を理解できる能力が、言語獲得には必要とされています。
引用:よくわかる言語発達 p40を参考に作成
スキーマについてはこちらで詳しく解説しています↓↓
言語獲得と第二言語習得研究
母語獲得と第二言語学習の違い
母語獲得途中の2〜3歳児は空間的及び時間的な概念を十分に理解しておらず、この時期の幼児に様々な概念を、大人が言葉を通して伝えることは難しいと言えます。一方で、第二言語学習者は様々な概念を母語を通して身につけています。語彙習得に関して第二言語学習者がすべきことは母語で身につけた概念を、第二言語ではどのような音形や形態で表すかを学習することと言えるでしょう。
そもそも母語話者が、第二言語を習得使用すると下記の中間言語を形成するとも言われています。中間言語という概念はラリー・セリンカーによって1972年に提唱され、人間の頭の中には潜在的な言語体系があり、第二言語学習者が目標言語を習得していくプロセス、その言語体系を参照しつつ、独自の言語体系を構築すると主張しました。
中間言語が存在するということは、母語獲得と第二言語習得には異なるアプローチが必要ということになります。ちなみに、学習者の習得レベルが上がるにつれ中間言語は変化します。学習者がネイティブに近いレベルになると中間言語は消滅すると言われています。
第二言語習得研究の全体像はこちら↓↓
形態素の習得順序
母語と第二言語の習得順序の研究もこれまで数多く実施されており、心理学者のブラウン氏は母語話者に対して、文法項目はある決まった順序で身につけられる自然順序仮説(the natural order hypothesis)を提唱しています。一方で、言語学者のクラッシェン氏は第二言語習得者の習得順序を明らかにしようとしています。
引用:入門ことばの科学 p49を参考に作成
入力のレベルの違い
入力レベルに関しても数多くの議論が交わされています。母語獲得をする幼児に対して、周囲の大人は一般的に明瞭な発音で簡単な語彙を使用してわかりやすく話しかけるマザリーズ(motherrese)を実践しています。実は第二言語学習者に対しても、似たようなフォリナー・トーク(foreigner talk)を実践する場合が多くなっています。
- ゆっくり話す
- 文と文の間のポーズを長めにとる
- イントネーションを誇張する
- 標準的な発話で話す
- 口語や俗語はできるだけ使用しない
フォリナー・トークは特定の言語項目を目立たせたり、その項目を学習者に特別に意識させることで理解可能なインプット(comprehnesible input)の量を多くさせるので、第二言語習得を促進させるという研究成果もある。一方で、人工的に調整された話し方を理解できたとしても、ネイティブの音声についていけないという反論もあり、実践で話されている音声をインプットした方が有効だという主張もある。どちらの説が正しいかは、今後の研究に委ねられている。
参考
BILINGUAL KIDSPOT | Language Acquisition vs Language Learning – What is the difference?
ProProfs | Language Acquisition And Learning Exam
Semantic Scholar | How Nature Meets Nurture: Universal Grammar and Statistical Learning
Semantic Scholar | Construction Grammar and First Language Acquisition
wordbank.stanford | Variability and Consistency in Early Language Learning
外国語教育 ―理論と実践― 第42号 | 第二言語習得(SLA)における明示的知識(Explicit knowledge)と暗示的知識(Implicit knowledge)
外国語教育メディア学会 (LET) 関西支部 メソドロジー研究部会 2012 年度報告論集 | 第二言語学習者䛾暗示的文法知識䛾測定法