元国語教師が「言語」と「英語」を考えるブログ

「言葉」との向き合い方、 英語学習、スペイン語、中国語、マーケティング、ポジティブ心理学について考えていきます!

私の言葉に対する考え方

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私のこれまでの人生は、常に自分と正直に向き合おうともがき、伝えるべき言葉を探し続けた葛藤でした。紆余曲折の人生でありながらも、言葉に対する思い入れは常に心の中にあったように感じています。自分の言葉に対するコンプレックスが大きな原動力になっていたのかもしれません。

 

言葉の可能性を信じて、日々言葉と向き合い、言葉と遊び、言葉を磨いてきたから、前向きに生きることができたように思えます。

 

もう一つは、「今を生きたい」と思いを果たすため、今この瞬間を言葉でつかみとりたいともがいてきた日々でした。私の言葉のコンプレックスの一つに、言葉と自分のずれがありました。自分の感情を言葉に上手く表現できない。あるいは、自分の気持ちを言語化できていないから、自分の感情を理解できない。だから、自分というものを理解できない。そういったジレンマを抱えていたのかもしれません。

 

とにかく自分の言葉を取り戻す、言葉と自分とのずれをなくして、しっかり生きたいと切実に願っていました。自分の発する言葉は誰から借りてきた言葉のような気がしていました。よそいきの言葉でもあり、かっこつけて、とがった言葉をわざと発していたような気がします。自分のために、言葉を使っているのではなく、他者のためだけに使っていました。使えば使うほど、自分という人間が分からなくなり、社交的だった自分がいつしか言葉数の少ない人間になっていきました。

 

「悲しい」という気持ちを改めて考えたことがありました。

何か大切なものを失ったときの感情を思い出し、「悲しい」という言葉を選びました。だけど、私のあの本当に大切なかけがえのないものを失った気持ちは「悲しい」という一つの言葉に集約されるのか。ためしに、「私は~を失って悲しかった」と実際に書いてみましたが、あのときの気持ちを表現できていませんでした。

 

あれでもない。これでもない。そうやって、自分の気持ちを一つ一つ、言葉に丁寧に乗せる訓練をして、自分を表現できる言葉を増やしていきました。自分に少しずつ正直になって、目の前にいる他者にも自分の気持ちを正直にぶつけることができるようになっていきました。

 

言葉と自分とのずれが狭まって、少しずつ自分の気持ちが言葉に乗っていく。それが本当に嬉しかったです。その喜びは今まで味わったことのない感覚で、何かと繋がれる予感がしたのを今でも鮮明に覚えています。ずれがなくなった瞬間から、自分の気持ちが言葉に乗って、その今の気持ちが相手に伝わり、相手と繋がれるようになったのかもしれません。そういう瞬間こそが「今を生きている」ということなのだと実感するようになりました。一人では「今を生きる」ことはできない、互いのオリジナルの感情を同時に共有することで、人は強くなれるし、もっと幸せになれるのだと。

 

「今を生きている」あるいは「今を生きよう」としている人間は、前向きになり、人生を楽しくいきているように感じています。教員時代は、AO入試・公募推薦の進路指導部員として、生徒と一緒に伝えるべき言葉を本気で探し続けました。「言葉だけは裏切らない。自分の経験に基づいて言葉を探るとき、言葉は最も自分にとって信頼のおけるものになる。言葉を磨くことが、自分を磨くこと。」そう伝え続けてきました。

 

それは、生徒に向けて言ってるのではなく、自分に言い聞かせていました。しかし、実際は自分の気持ちが言葉に乗って、相手に伝えることができた生徒は高いモチベーションを維持し何事にも意欲的に取り組むようになったと感じました。なぜなら、彼らは自分の言葉で「今を生きようと」と歩み始めたからです。生徒から大切なことを教わりました。

 

言葉はあらゆる人に平等で、無限の可能性があり、すべての活動の土台になり、0からすべてを想像できる人類が発明した最も偉大な産物だと信じています。「言葉の力が弱い」、「読解力が低い」、「文章が書くのが下手」などのレッテルを貼られている人は、文字通り0から言葉の力を無限に伸ばせると信じています。そういう考え方は、全ての国語教師に必要な考え方だと思います。むしろ、何も知らないという白紙の状態で、スポンジのようになにもかも吸収できる人だと。謙虚な姿勢を持っている人は、言葉を通していろんな人と繋がれると信じています。

 

私個人としても、何か困難にぶつかり、うまくいかない時は、自分の言葉のトレーニング不足だと自覚しています。それはトレーニングによって改善することができ、才能や能力は全く関係ない。自分の言葉と向き合い、伝えたい言葉を紡ぎ出し、どれくらい本気で社会に向けてメッセージを発信したいのか。その熱量がモチベーションの源泉なのだと。本気で「今を生きよう」と自然と熱量が沸いてきて、興味があることには全力で取り組める。

 

以上の経験から一つの信念をもつようになりました。自分の感情、情動、情熱を言葉にのせる努力をした者は、失敗や誤解を恐れず他者にぶつけた者は、毎日欠かすことなく言葉について考え悩み続けた者は、言葉を社会に繋げられると信じてきた者は、社会に繋がるため社会に貢献するため努力して者は、モチベーションを高く保ちながら前に進むことができると