元国語教師が「言語」と「英語」を考えるブログ

「言葉」との向き合い方、 英語学習、スペイン語、中国語、マーケティング、ポジティブ心理学について考えていきます!

洋書で考える HOW TO READ A BOOK

 

はじめに

文章の書き方の本は比較的たくさんあります。文章を書くという行為は一定の訓練が必要だと一般的に考えられています。どのように文章を構成するのか、説得力のある文章を書くにはどうすれば良いのでしょうか?今回は本書の内容には触れずに、私なりの見解を述べていきたいと思います。

 

文の組み立て方、論の立て方を説明する本です。自分の意見を整理して文章にするのはとても難しい作業だと思います。あるいは、話し方の本もたくさんあります。どうすれば効果的にスピーチができるのか?抑揚をつけたり、話す前に簡単なメモを作るとかでしょうか?

 

 

主体性

この二つに共通するのは、主体性です。書き手も話しても主体的に自分の考えを整理して、それを外に表出しなくてはなりません。いったん外に出たら、それをコントロールすることはできません。ですので、外に出る前に、できるだけ受け手に分かりやすいように組み立てなくてはなりません。その作業を怠ると、何も伝わらないという事態になります。

 

意見を述べるという行為にはある種の義務があるのが一般的な考えではないでしょうか。

 

ですから、私たちは必死にその組み立て方を勉強します。より良い書き手や話し手になれば世の中で活躍できるチャンスが広がるでしょう。頭の良い人と評価されて、仕事でも頼りになる存在になれるかもしれません。文章を書くという行為は常に評価の対象になりがちではないでしょうか。

 

 

 

受動的な行為

では、本の読むという作業はどうでしょうか?これまでの「主体性」とは間逆のイメージではないでしょうか?ソファーに横になりながら読むことができるイメージではないでしょうか。リラックスした気持ちで本を読みながら、音楽も聴くことができます。どちらかというと「受動的」な行為のような気がします。でも果たしてそれで良いのでしょうか?

 

時々思います。私たちは徐々に書き手に甘えるようになってきてないでしょうか?

 

一般的に、文章を書くという行為はとても責任を要すると考えます。活字になった文字は、世の中に出ると批判の的になります。ですので、できるだけ慎重に言葉を選び、様々な読書を想定して文章を展開していきます。もしも文章が分かりにくければ、筆者はすぐに非難されます。

 

ブログの世界でも分かりやすく、まとまっている文章が評価されます。とにかく読み手至上主義を前提に、構成からレイアウトまで凝りながら、読み手は一方的に情報の受け皿になります。

 

 

最悪のシナリオ

この先、どういうことが起こりうるでしょうか?最悪のシナリオは、文章が至極分かりやすくなり、読み手はますます受動的になっていくことでしょう。そして、文章を生み出せる一部の人が、社会の内情を誤魔化し、他の読み手はその論調に流されていくかもしれません。

 

それと同時に、様々な古典作品や近代文学が難解だと忘れ去られ、多くの人は時間をかけて文章を読むことに意味を見出せなくなっていくかもしれません。文章は単語に分解され、効率的に情報をいかに読み取れるかが大切になっていきます。

 

本書はその最悪のシナリオを救ってくれる大切な本ではないでしょうか。私たちは書き手ばかりに負担をかけすぎているのではないでしょうか?

 

 

終わりに

すべての人が、完璧に文章を書く必要はないと思います。読み手が書き手のメッセージを推測し、予測するのも良いでしょう。読み手は、書き手の主張に対して、賛成や反対することで持続可能的な関係性になります。それによって、書き手の思考がさらに深まり、アップデートされた文章も生まれてきます。そうやって、両者が互いに成長しながら共有地を広げていくことができるはずです。本書にはそれを可能にするノウハウが詰まっているとおもいます。