はじめに
今回は考えさせられる映画を紹介します。おすすめ洋画9選ということで、私がお気に入りの9つの作品を紹介します。英語学習にも効果的な分かりやすくて、楽しい作品を選びました。ぜひチェックしてみてください。
海の上のピアニスト
学校のリスニング教材や、テキストとしても出版されている名作です。主人公が自分の人生を語るシーンもあり、言葉の力強さを感じます。素晴らしい音楽の演奏シーンや、船上の独特な雰囲気と伴に英語を味わうのがオススメ。
きれいな聞き取りやすい英語が多いわけではなく、リスニング教材としては少し難しいかもしれません。オススメの味わい方は、登場人文になりきって、「生き方」を考えることです。
主人公の生き方を照らし合わせながら、英語を語ることで言葉の力強さを味わうことができます。彼の生き方を共感することができれば、その言葉に抑揚を付けられるかもしれません。
登場人文になりきるためには、物語の理解、登場人物の理解、言葉の意義、どういうメッセージを伝えようとしていたのか。自分に言い聞かせるためなのか? 疑問を投げかけているのか?様々なことを理解しなくてはならない。
ただ、この映画にはその答えがありません。彼の生き方が幸せだったのか? 正しかったのか?それを自分で考えながら、その台詞を読み上げてみるのも面白いかもしれません。
グッド・ウィル・ハンティング
当時無名の俳優だったマット・デイモンが友人のベン・アフラックと脚本を書き映画化となりました。主人公ウィル・ハンティングは天才的な頭脳を持ちながら孤独で人を信じることもできない。自分の殻に閉じこもって生きています。
彼の才能を見出したランボー教授は彼に近づこうとします。だけど、ウィルはそれに答えることができません。ロビン・ウィリアムズ演じる、ショーン・マグワイアとの出会いが彼の転機となります。ショーンのカウンセリングが彼の心を次第にとかしていきます。
「君から学ぶことは何もない。君の言うことは全部本に書いてあるから。」
ウィルが得意なのは、知識による自己防衛。ショーンは、ウィルに心の声を求めます。ショーンはたずねます。
「心を通い合わせることができる、友達はいるのか?」
ウィルは、シェイクスピア、ニーチェなどの偉人たちがそれだと。ウィルは今を生きていない自分を挙げます。生身の人間と心を通いあわすことができないウィルウィルは、いつか人は離れてしまう。幼い頃に受けた虐待から人を信じることができません。自分をさらけだす勇気がなく心でつながるような関係なんてつくれない。
ショーンも、自分を語りだす。実はショーンは、過去に最愛の妻をなくしました。
「本当の喪失と言うのは自分よりも愛するものがあるときに起こるものなのだ。」
ウィルは、彼女のスカイラーに
「あなたは私に愛してもらえないことを恐れているのよ」と言われています。
相手が自分を愛さなくなるそれを恐れていては相手を本気で愛せない。ウィルは、自分が大切。自分よりも愛するものがあることをウィルは恐れているのかもしれません。失ったらどうしようと。本当の喪失を経験した、ショーンが目の前にいる。彼は、何が「愛」なのか知っています。
「君は僕に朝、愛する女性の隣で起きるという心からの幸せがどんなものか教えることができない」
人を愛する勇気はどこからくるのだろう。この映画を観て感じました。自分の問題なのか。相手の問題なのか理屈で勇気は出てこない。とにかく、何かも失っても良いから本気で目の前のあなたを愛したい。そう思える自分を肯定できるのか。そこから全てが始まるような気がしました。
セレンディピティ
セレンディピティとは素敵な偶然に出会い、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。
私たちが普段使っている発明品や、便利な機会は何かの偶然によって生まれたものが多いと聞いたことがあります。例えば、電子レンジは、レーダー設備設置技師パーシー・スペンサーが、実験中にポケットの中の食べかけのピーナッツ・バーが溶けていたことから調理に使用可能であることが判明したそうです。
セレンディピティは人の生き方にもヒントを与えてくれるのでしょうか。たしかに、私たちの日常は思いがけない偶然によって、成り立っています。そして、思いがけないところで大切な人に出会い、それが人生のターニングポイントなったりします。そのセレンディピティの力と存在を強く印象づけてくれるのがこの映画です。
偶然の出会いや発見を引き寄せるためにはどうすれば良いでしょうか?予定外の出来事やトラブルを前向きに受け止めることかもしれません。予想内のことや、予定内のことの大半の結果は自分の想像の範疇を超えることはないでしょう。そこに、偶然の入り込む余地は少ないでしょう。ですので、予想外のことやトラブルを前向き捉えることで、何かの偶然をものにできるかもしれません。
何事にも、ゼロベースで向き合い果敢に挑める人、素直に現状を受け入れる人、そういった人が幸せを引き寄せることができるのでしょうか?
ビューティフル・マインド
プリンストン大学院の数学科に入学を果たしたジョン・ナッシュ。
「この世のすべてを支配する真理を見つけ出したい」
天才的な頭脳を持つ、ナッシュはついに画期的なゲーム理論を発見します。MITのウィーラー研究所に採用され愛するアリシアとも結婚。すべてが順調に進んでいました。しかし、彼の類い希な頭脳が暗号解読という極秘任務に利用され彼の精神は次第に大きなプレッシャーに追いつめられてしまいます。最後のスピーチで、ナッシュは数よりも大切なものを打ち明ける。真理を見つけ出したいと全身全霊で生涯をささげたからこそ真理がどこかにあると信じてきたからこそ最後に大切なものを見つけることができた
私は、人生の意味や人生の真理を見つけたくて哲学書にむさぼりついていた時期がありました。人生の真理や生きる意味があるのだと信じることは悪いことでもない。なぜなら、それに向かって全身全霊をささげることができるからです。私も最後に大切なものを見つけることができたから。後悔はしていません。今の自分を少しだけ肯定してくれた映画です。
ロード・オブザリング
ホビット族のフロドが邪悪な力をもつ指輪を消滅させるため旅にでます。世界の行く末を背負うにはあまりにも荷が重い。魔法使いのガンダルフやエルフ、人間などにも助けられ悪の勢力と戦い続けます。ホビット族(人類の遠縁にあたる、小柄で穏和な種族)
ホビット族は平和と食事を愛し、牧歌的な暮らしを続けます。平均寿命が100歳でスローライフを好み、自然と伴に生きます。自分が愛する故郷を失いたくない。その思い出すべてを一人で背負い旅に出ます。その姿に感銘しあらゆる種族が一つになり絆で結ばれた友情が育まれます。架空の世界でしかこんな友情は生まれないのかとふと思いました。でも、自分のために全力で何かをやってくれる人その人に自分も何かをしてあげたい。そういう心の通い合いこそが絆であり、友情を生む。
絆は大きい言葉ではなく、一人と一人の糸が紡ぎあってうまれる。一人一人をもっと大切にすれば自分で友情を育めるかもしれません。
イントゥ・ザ・ワイルド
アラスカの大自然で一人の若者が旅を続ける。人生に失敗した若者は、自分探しの旅に出ます。幸福ってどうやって感じるのかな?幸福になるにはどうすれば良いのかな?その答えは、広大なアラスカの自然は教えてくれません。一人でもがいても、得ることはできません。
誰かと分かち合って初めて、現実となる。幸せを分かち合える人は、どれほどいるだろうか?自分ごとのように「嬉しいね」って共感してくれる人はいるだろうか。嬉しかったことを打ち明けることができる人はいるだろうか?誰も自分の幸せに興味がないのかなってこの映画を観て少し不安になりました。でも、その不安な気持ちは誰にでもあって、主人公も同じでした。彼にに教わったような気がします。
「そんな不安は誰にでもあるから自然なことだよ。
僕は大自然に飛び出して気づいたんだ。」
「一人で苦しんでもだめなんだ。嬉しいとか悲しいとか気持ちは、分かち合って初めて本物になるんだ。」
アナと雪の女王
自分らしく生きることは難しい。自分らしく生きることで、誰かが不幸になってしまうかもしれない。自分らしくいきることは、正解だってだれも分からない。だったら自分らしさを隠して生きたほうが良い。
「ありのままの姿」ってなんだろう。
本来の自分かもしれない。自分らしくあるためには、自分を知らなくてはならない。主人公のアルさは実はしっかりと自己分析できていた。自分の強みと弱みを。自分の強みが家族や国を不幸にさせてしまう。それで自分らしく生きることを否定した。
だけど、それはすごく息苦しいことで。自分に正直に生きることができなくて相手にも向き合うことができなかった。大切な妹とも向き合えず、彼女を傷つけてしまった。
私の全てを受け入れたいと思っているから目の前に大切な人がいる。自分らしく生きないことは相手を否定しまう。相手を大切にしたいのなら自分の全てをまずは受け止める。今日からもっと自分を知って向き合って、自分らしく生きよう。そう思えた映画でした。
インサイド・ヘッド
悲しみと喜びは表裏一体。感情を失ったライリーを救ったのは悲しみ。悲しみが幸せだった日々を思い出させた。感情の豊かさには、怒り、喜び、悲しみなどなど。時には、感情を押し殺してしまったり否定してしまいがちです
全ての感情が自分にとって必要だと思えば少し気持ちが楽になりました。ネガティブな感情も肯定できる。その感情の意味は、今は分からないけどいつかその感情が必要なときがやってくる。そのネガティブの気持ちを溜め込まないでそっとノートに閉まっておく。そうやって全ての感情を大切にできるのだと。この映画から学びました。
ラブ・アクチュアリー
愛は私たちの生活に欠かせないもので、その愛のかたちは人それぞれ。この映画を見ると、なぜか毎回勇気がもらえる。
「愛」というものは人生において究極的で、なかなか見つけづらい。自分には愛を語る資格がないではないか。自分の生活に「愛」なんてないのではないか。そういう風に思ってしまいがちです。しかし、この映画を見て気づくことは、愛は完全である必要はない。努力することで育むことができるし、人それぞれ愛の形は違うのだと。自分には「愛」を育てる勇気があるのだろうか?
自分にゆずれない部分とかこだわりがある人はかっこいい。そういうものがある人は、人を本気で愛することができるし、人から愛される。多少の欠点や失敗は、その人の個性なのだと、自分にも譲れないものはあるのかな?
「愛」はどこにでもある。Love actually is all around. と、この映画は言います。
では、私の「愛」はどこにあるのであるのでしょうか?
映画のメッセージは実はこうです。よくよく回りを見渡してみると、意外にも「自分以外の誰かを大切にしようとしている人が多いことに気づく」そのひと達は、他の誰かと繋がっている。人は一人ではなく、誰かと繋がっている。その思いやりが愛で、至るところにある。
「愛」は何気ない思いやりや、人とのつながりのなかにあるということですね。